サルでもわかるTPP大筋合意 「農業」

自民党は「米、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物」を「聖域5品目」とし、これだけはTPPの中でも絶対に守る、と国民に約束していた。ところがどっこい、ふたを開けてみたらどうだろう。どの品目でも関税を大幅に削減したり、無税の輸入枠を新設したりしている。

この中から3つだけ選んで紹介しよう。

◆米

稲

341円/kgの関税は維持したが、ミニマムアクセス米の枠外で、アメリカとオーストラリアに無関税の輸入枠を新設。

米国:5万t(当初3年維持)  → 7万t(13 年目以降)

豪州:0.6 万t(当初3年維持)→  0.84 万t(13 年目以降)

米は言うまでもなく、日本人の主食だ。多少の食料は輸入してもいいけれど、最低でも主食だけは自国でまかなえるようにしておかなければならない。輸入だけに頼っていたら、何か事が起きたとき、輸入できなくて国民が飢えに苦しんだり、最悪の場合餓死したりすることになるかもしれない。天候不順で不作になれば、諸外国は自国に優先的に食料を供給して輸出をストップするだろうし、あるいは戦争が起こったり、港湾ストライキや港湾テロが起きたりしても、輸入が止まる可能性はある。どんな時でも自国民が飢えることのないよう、主食を確保することは、国のもっとも基本的な務めなんだ。

主食の安定供給が大事

そのためには日本国内でお米を自給することが大切で、それには農家がお米をつくることで生活が成り立つようでなければならない。しかし、今現在でも米は既にかなり値下がりしていて、米農家の暮らしはとても苦しい。それが、TPPでさらに値が下がってしまう、と予想されるんだ。

今も「ミニマムアクセス米」といって、義理で外国から買わされている米があるんだが、これに加えてアメリカとオーストラリアに対しても無税の輸入枠が新設される。政府は「これはミニマムアクセス米とは違って、5万トンとか7万トンとかの枠いっぱい買わなくちゃいけないわけじゃない。だから必ずしも輸入がそんなに増えるとは限らない」なんて言い訳をしている。

でも、お米屋さんでは魚沼産コシヒカリが人気でも、表示のないレストランやお弁当屋さんでは誰も米の産地なんか気にしない。だから、外食・中食産業では安いコメは大人気だ。今まで1kg当たり341円もかけられていた関税が無税になるんだから、外食産業などは大喜びでアメリカやオーストラリアの米を買うだろう。おそらく枠いっぱいまで輸入されると思っておいたほうがいい。

米は需要に比してわずか数万トンでも供給が多いと、大きく値が下がってしまう。だから、8万トンもの輸入増は脅威なんだ。政府は備蓄米の年間買い入れ量を増やして、市場で余り気味になる米をそこに吸収するから大丈夫、と言っている。でも、市場に流通する米の全体量が変わらなくても、安いコメが一部で取引されるようになれば、それに引っ張られて米全体への値下げの圧力がかかるから、やっぱり危険だ。米は今でも安すぎるのに、これ以上米価が下がったら農家はやっていけないよ。

こんなに値下がりしたら無理それに、政府が米を買い入れるためには、ボクたちの税金が使われる。米は国内で余っているのに、外国から義理で米を買うために、貴重な税金を費やすなんて、ばかげているとは思わないかい。国内の米農家は、米余りを解消するために、飼料米をつくれ、なんて言われているんだからね。

しかも、かろうじて維持された関税も、いつまで続くかはわからない。元農水大臣の山田正彦氏はTPPの情報収集のため何度かアメリカに行って、向こうの役人や国会議員などと話をしているが、そのたびに言われたのが「日本がコメの関税を撤廃しない限り、アメリカは自動車の関税を撤廃しない」ということだったそうだ。

自動車と米はバーター取引

TPPにおける日米二国間協議の結果、アメリカが日本の車を輸入する際の関税は、乗用車は25年かけて撤廃、トラックは30年で撤廃、と決まった。ということは、30年後にはコメの関税も撤廃される、ということなんじゃないだろうか。明文化はされていないが、その可能性は高いとみていいだろう。

そうなったらもう、どんなに大規模化しようが効率化しようが、農業法人をつくろうが、日本みたいに狭い国での農業で、価格で太刀打ちすることは不可能だろう。特別に高級なブランド米や、有機の米だけが生き残れる、とも言われているが、田んぼの水路はつながっているので、多くの農家が廃業してしまえば、水路が維持できなくなるという問題も発生する。瑞穂の国日本から田んぼが消えてしまうことになるかもしれない。

田んぼの貯水池としての機能が失われれば、洪水などが増える恐れがあるし、それを防ごうと思ったらダムを新設しなければならなくなるかもしれない。気温を涼しく保ったり、地下水を涵養したり、生物多様性を育んだりと、田んぼには食料生産以外にもさまざまな機能がある。田んぼは日本の環境を保つうえでのひとつの要なんだ。それがTPPで壊されてしまう恐れが高い。

 

◆豚肉

安い価格帯の輸入を抑える効果のある「差額関税制度」のしくみは維持する。しかし、現行では、安い肉に1kg当たり最高482円の従量税をかけているのが、初年度125円、5年目に70円、10年目に50円と激減。

豚肉の関税には3種類ある。安い価格帯のものには「従量税」、高い価格帯のものには「従価税」がかけられ、中間の価格帯のものには「差額関税」がかけられる。この「差額関税制度」によって、今まで国内の豚肉は、手厚く保護されてきた。

豚肉差額関税(TPP前)2「差額関税」というのは、基準額546円との差額を税金として徴収する、というものだ。524円/kgの肉を輸入すると、546円との差額22円が関税として徴収される。64円/kgの肉を輸入すると、546円との差額482円もが、関税として徴収される。つまり、原価の8倍ちかく税金を払うことになってしまう。この差額関税制度があるおかげで、安い肉を輸入すると税金ばかりかかってばかばかしい、ということになり、安い肉の輸入が抑えられているんだ。現在は多くの商社が、高い肉と安い肉を組み合わせて、合計で524円/kgちょうどくらいになるようにして輸入している。それがもっとも税金が安くなる価格だからだ。

しかし、現在482円の従量税が50円になれば、400円/kgの肉は450円で、300円/kgの肉は350円で、輸入できるのだから、安い肉の輸入は大幅に増えるに決まってる。

豚肉差額関税(TPP後)21年目は従量税は125円だけれど、それだって現在の482円に比べれば、約1/4なんだから、初年度から大打撃を被るのは間違いない。

グラフを見てもらえば税金が激減するのは一目瞭然だ。差額関税の価格帯がこんなに少なくなってしまうのに、「差額関税制度を残した」なんて偉そうに言ってほしくないものだね。

輸入急増を防ぐセーフガードも12年目までで終わる。外食や加工品など原産地表示を目にすることがない部分で、知らずに消費する機会が増えるだろう。

国内の養豚農家は価格競争に負けて衰退を余儀なくされる可能性が高いんだ。

 

◆甘味資源作物

高糖度(糖度98.5 度以上 99.3 度未満)の精製用原料糖に限り、関税(現行21.5円/kg)を無税とし、調整金(現行42.4円)を39円に削減する。

これまでは高糖度の粗糖の輸入実績は、砂糖全体の中ではごくわずかでしかなかった。(グラフの黄色い部分)

砂糖の輸入量は関税次第これまで輸入してこなかった品目であれば、関税が下がろうが、なくなろうが、影響はないんじゃないか、と思ってしまいがちだ。ボクも一瞬「あ、じゃあ大丈夫なのかな」と思ってしまった。でも、よくよく考えると、これは問題なんじゃないか?

輸入時の糖度がどうだろうが精製されていようがいまいが、消費者には関係ない。高糖度の粗糖がこれまで輸入されてこなかったのは、単に税金がかかるためであって、無税の砂糖は大量に輸入されている。(グラフ参照)。高糖度の粗糖も無税にすれば、輸入は大幅に増えるはずだ。

今まで税プラス調整金で63.9円/kg高くなっていた分が、39円になってしまうのだから、輸入品の価格は下がる。安い輸入品が多く売れるようになり、国産品もさらなる値下げを強いられれば、やっていけなくなる農家もたくさん出てくるはずだ。

そうすると、これは農業以外の問題にも発展していく。

→食の安全の問題

てんさい糖はアメリカでは遺伝子組み換えのものが多く栽培されている。てんさい糖の輸入が増えれば、遺伝子組み換え砂糖が入ってくることになるだろう。現在の表示制度のもとでは、「組み換えられたDNAやそれによって生成したたんぱく質が含まれない食品には表示義務がない」ことになっているので、遺伝子組み換えてんさい糖も、何の表示もなく流通することになる。食の安全への懸念材料が、またひとつ増えてしまうことになる。

てんさい糖も遺伝子組み換えに→国土防衛上の問題

サトウキビ栽培で生計を立てる沖縄離島の人々や、てんさいが輪作体系に組み込まれている北海道では大打撃。沖縄離島や北海道での農業経営が成り立たなくなれば、住む人がいなくなってしまう。そうしたら防衛上の必要性から、わざわざ自衛隊を駐屯させることも必要になる。また余分な税金が使われるようになってしまうんだ。

辺境地帯(沖縄)が無人だと

◆野菜

ほぼすべての野菜の関税を撤廃。

多くの野菜の関税はもともとわずか3%程度なので大きな影響はない、と見る人もいる。実際、98円を95円に値下げしても売れ行きに差はほとんどないという。でも、原価が下がれば、小売業者はその分利ザヤが増やせる。それを目的に、スーパーなどが輸入野菜の扱いを増やす可能性がある。そう考えると、国産野菜の需要が減っていくおそれはやはりあるといえるだろう。

流通業者は輸入野菜を選ぶ

◆しかも7年後には再交渉

2015.11.5「TPP協定全章の概要」

第2章 .内国民待遇及び物品の市場アクセス章

●譲許表(附属書)

我が国及び他の締約国の個別品目の関税の撤廃又は削減の方式、関税割当の詳細、個別品目のセーフガードの詳細等について規定。 なお、我が国は、TPP協定の効力発生から7年が経った後、又は、第三国若しくは関税地域に特恵的な市場アクセスを供与する国際協定の発効若しくは改正の効力発生に必要となる我が国と当該第三国等による法的手続が完了した後、相手国からの要請に基づき、自国の譲許表で規定される関税、関税割当て及びセーフガードの適用に関連する原産品の取扱いに関して協議を行う旨を定める規定を、豪州、カナダ、チリ、NZ及び米国との間で相互に規定。

7年後には再交渉する、ということが決まっている。ここで農作物の関税がもとに戻る、などということはあり得ない。

「農産品に限ると(日本の)関税撤廃率は交渉参加12カ国で一番低い」甘利明大臣発言2015.10.20 http://www.jiji.com/jc/zc?k=201510/2015102000241

日本だけがなんでそんなに関税を残してるんだ、もっと開放しろ、とさらなる譲歩を求められるに決まっている。米の関税だって30年を待たずに撤廃させられる可能性もある。

再交渉すればこうなるよね

ことほどさように、「守るべきものは守った」などという政府の言い分はまやかしだらけ。「聖域」とした「農業重要5品目」のうち、関税区分の細目586品目のうち3割までもが関税撤廃となっている。国会決議違反は明白だ。