サルでもわかるTPP大筋合意 「医療」

○薬の値段を決める審議会に製薬業界の人間が入って来て、「もっと高い値段を設定しろ」と意見を言うようになり、結果として薬の値段が上がっていくことが予想される。

15.11.5 「TPP協定全章概要」

第26章.透明性及び腐敗行為の防止章

2.主要条文の概要/第B節(透明性)

○公表(第26.2条)  締約国は、本協定の対象となる事項に関する法令、手続及び一般に適用される行政上の決定を、利害関係者及び利害を有する締約国が知ることのできるような方法により速やかに公表し、又は入手可能なものとすることを確保すること、可能な限り、とろうとする措置を事前に公表し、並びに利害関係者及び他の締約国に対して当該措置の案に関する意見提出のための合理的な機会を与えること等を規定。

○「透明性」に要注意!

これは「透明性」の章の条文なんだが、この「透明性」という言葉が曲者だ。

「透明性」という言葉はいいイメージのある言葉だろう? 政府の仕事に「透明性」がある、というと、国民が政府のやることをきちんと監視することができて、汚職や不正がなく、公正さが保たれる、というふうに、普通の人はイメージするだろう。

透明性ー一般的な

ところが、TPP協定における「透明性」という言葉は、だいぶ違った意味で使われる。TPPは大企業のための協定なので、その透明性は、決して国民にとっての「透明性」ではなく、企業にとっての「透明性」なんだ。企業が、国のやろうとすることを常時チェックすることができて、政策が自分たちの都合の悪い方にいかないように、口出しをする機会・権限を保つことができる……それがTPPにおける「透明性」の意味だ。

透明性(TPPの、企業が政府を監視)

企業にとって都合がいいということは、消費者は搾取されるということ。だからTPP協定の中で「透明性」という言葉を見つけたら、「まずい!」「これは危険だ!」と思ってほしい。

○製薬会社の呆れた強欲ぶり

そして、この「透明性」によって影響を受けるものの代表が、薬価決定のシステムだ。

現在の日本では、薬の値段は厚生労働省の諮問機関である中央社会保険医療審議会(中医協)で議論され、最終的には厚労大臣が決めることになっている。

この審議会で「利害関係者」である製薬業界の人間が「意見提出」するための機会を与えよ、というんだ。

日本の現在のシステムでは、薬の値段は定期的に見直され、段々に値下げされていくようになっている。

しかし、アメリカでは薬の値段は製薬会社が勝手に決めることができる。製薬業界の人間にとっては薬の値段は高いほうがいいに決まっている。しかも、アメリカの製薬会社は特に強欲で、節度というものを知らないかのようだ。

ついこの間も、アメリカでエイズ治療薬が一挙に55倍も値上がりしたという事件があった。

薬の値段が一挙に55倍チューリング・ファーマシューティカルズという会社が、2015年8月にダラプリムという薬の権利を買い取ってすぐ、1錠13.5ドル(約1600円)から、1錠750ドル(約9万円)にまで一挙に値上げしたんだ。ちなみに製造コストは一錠120円だといわれている。

http://www.huffingtonpost.jp/2015/09/24/overnight-increase-in-a-drugs-price_n_8188084.html

これは極端な例とはいえ、アメリカの薬の値段は呆れるほど高いことが多々ある。アメリカでガラガラ蛇に噛まれて治療を受けたら薬代だけで1千万円(治療費合計で1900万円)請求された、とかね。

http://labaq.com/archives/51854000.html

だから、アメリカの製薬会社の人間が、日本の薬価決定の過程に口出しをするようになれば、日本の薬の値段もどんどんと上がってしまうおそれが高いんだ。

○アメリカの方針転換

TPP交渉への参加に日本政府が興味を示し始めたころ、「日本の国民皆保険制度が、非関税障壁としてアメリカから撤廃を要求されるのではないか」というおそれがあった。

アメリカは医療保険を日本に売り込みたい。でも、国民皆保険制度があると、民間の保険なんて特に必要なくて、あまり売れないからだ。

でも、それに対する世論の反発が強まると、アメリカはすぐにその要求を引っ込めて「大丈夫。国民皆保険制度をなくせなんて言わないから」と言い出した。

その代わり、日本の国民皆保険制度を使って、アメリカの高い薬をどんどん承認させ、どんどん使わせて儲けよう、というふうに方針を転換したようだ。

○国民健康保険が内部から崩壊

医療費の財源は限られているのに、薬の値段があがっていけば、どうなるだろう? すべての医療を保険でカバーすることができなくなり、高度な医療は自費で受けてください、というふうにせざるを得なくなる(=混合診療の解禁。混合診療についてはサルでもわかるTPPオリジナルバージョン参照)。そうやって、アメリカから要求されなくても、結局国民皆保険制度は内部から崩壊するしかなくなるんじゃないだろうか。たとえば、風邪とか高血圧とか糖尿病の薬くらいは保険が効くけれど、がんの手術や人工透析には保険が効かない、とか、簡単な手術なら保険が効くけど、最新の手術方法だと保険が効かない、などということになりかねない。お金持ちは高度な医療が受けられるけれど、貧乏人はお粗末な医療しか受けられない、医療における「格差社会」がやってくるだろう。

医療格差の増大○アメリカの保険会社は大喜び

そうやって、国民健康保険でカバーできない診療が増えていくと、医療に対する不安が高まって、「やっぱり民間の医療保険にも入っておかないと」という人が増える。そうなれば、アフラックなどのアメリカの保険会社はウッホウホなわけだ。

民間保険の需要増大

○病院経営に株式会社が参入?

TPPでは協定の本文以外の附属文書が結構重要だ。下記の文書のさりげない文言は大きな破壊力を秘めている。

規制改革について外国投資家の意見を求め、それを規制改革会議に付託するというんだ。これによって、ありとあらゆる規制が、外国投資家の都合のいいように“改革”(実際は改悪)されてしまう可能性がある。

たとえば、株式会社を病院経営に参入させろ、という要求も起こってくるだろう。

15.10.5「TPP交渉参加国との交換文書一覧」

○投資
両国政府は、コーポレート・ガバナンスについて、社外取締役に関する日本の会社法改正等の内容を確認し、買収防衛策について日本政府が意見等を受け付けることとしたほか、規制改革について外国投資家等からの意見等を求め、これらを規制改革会議に付託することとした。

現在の日本では、病院を経営できるのは医療法人だけ。医療法人の目的は憲法で保障された生存権を守ることだ。しかし、株式会社ではまったく異なり、その目的は利益の追求だ。

利益の追求が目的になると、患者の福祉とは正反対の方向に努力が注がれるようになりがちだ。たとえば、同じ地域のライバル病院をつぶすための工作を行ったり、患者を継続的に病院に通わせるために、わざと治らないように薬を処方したり、といった医療従事者としてあるまじき行為も行われるようになってくる。アメリカ映画『医原死―死の医療ビジネス』(2011)では、元看護師さんがそんな行為を実際に告白している場面がある。アメリカでは株式会社式の病院の方が、患者の死亡率が高いというデータもあるんだよ。

利益追求型医療

利益の追求を第一に考える組織にとって、患者の健康や福祉は二の次なんだ。そんな病院にかかりたくはないものだね。

○ジェネリック医薬品はどうなる?

TPP交渉で最後までもめた“難航3兄弟”のひとつが、「知的財産」の章にあるバイオ医薬品のデータ保護期間だ。これは、この期間が過ぎれば、同じ効能で価格の安いジェネリック医薬品をつくれるようになる、というもの。

製薬企業の力が強いアメリカは12年を要求。一方、オーストラリアやマレーシアなどは5年を要求。価格の安いジェネリックのエイズ治療薬がなくなると、命をつなげなくなるエイズ患者も多い、として頑強に抵抗してきたんだ。

もめにもめた挙句、結局これは5年プラスアルファで各国ごとに違う年数という玉虫色の決着となり、日米はともに8年となった。
日本におけるバイオ医薬品のデータ保護期間はもともと8年なので、TPPによってジェネリック医薬品が使えなくなる、ということはなくなった。
しかし、アメリカの国内におけるバイオ医薬品のデータ保護期間はこれまで12年だったし、アメリカの製薬業界や、その利益を代弁する議員はTPPでも当然12年を要求してきた。だから、この8年という決定を、アメリカ議会が認めようとせず、TPPが再交渉に持ち込まれる可能性も否定できない。しかし製薬企業が憤慨する一方で、オバマ大統領は8年になって喜んでいる、という説もある。オバマ氏はもともとアメリカにも国民皆保険制度を実現しようとがんばっていた人物。業界の抵抗にあって思うような医療制度改革はできなかったけれど、このデータ保護期間の短縮で、少しでも医療費を削減できればいい、と思っている節がある。アメリカも当然ながら一枚岩ではないんだ。

●TPP先取り! 医療制度改悪は既に進行中だった!?

TPPで製薬業界が薬の値段に口出しをしてくるようになり、薬の値段が上がってしまう、という懸念をこれまで伝えてきたわけなんだが、実は……そういう仕組みは既に日本では実施が始まっていたのだった……。なんと、3年も前に既に下記のように定められている。

薬価の審議会

医政発0210第3号
保発0 2 1 0第5号
平成24年2月10日
医療用医薬品の薬価基準収載等に係る取扱いについて(4) 薬価算定組織の関与と中医協の承認
薬価基準収載希望書の内容を審査のうえ、次の手順に従い、薬価基準への収載における取扱いを決定する。(中略)② 薬価基準収載希望書を提出した新薬収載希望者であって、薬価算定組織における意見陳述を希望するものは、予め定められた時間の範囲内で薬価算定組織に出席して直接の意見表明を行うことができる。この際、当該新医薬品の開発における臨床試験に関与した者が新薬収載希望者に同行して意見を表明することができる。
③ 薬価算定組織の検討を経た薬価算定案は、中医協総会での審議の前に、その理由を付して新薬収載希望者に通知する。
④ 通知した薬価算定案について不服がある新薬収載希望者は、1回に限り、別紙様式3に定める薬価算定案不服意見書を提出することができる。⑤ 薬価算定案不服意見書を提出した新薬収載希望者は、予め定められた時間の範囲内で薬価算定組織に出席して直接の意見表明を行うことができる。この際、当該新医薬品の開発における臨床試験に関与した者が新薬収載希望者に同行して意見を表明することができる。当該意見を踏まえ薬価算定組織において検討を行い、再度薬価算定案を決定する。この薬価算定案は予め新薬収載希望者に通知され、さらに不服がないことを確認する。
⑥ 通知された薬価算定案について新薬収載希望者の不服がないことが確認された新医薬品は、その薬価算定案について中医協総会で審議し、その了承を求める。

要約すると、新しく開発した薬を、健康保険のリストに加えてほしい、と願う者は、薬の値段に関して意見を表明することができる。決定された価格が不服であれば、その旨、また意見表明することができる。その不服を聞いたうえで、再度決定された金額に対し、さらに不服がないかどうか確認する。もう不服がないとわかってから、正式な薬価が決定される、というものだ。

実際、2015年8月には、C型肝炎治療薬で、1錠8万円もするものが保険収載されている。治療が完了するまで12週間飲み続けることが必要とされており、12週間飲むと、薬代は計637万円にものぼる。

懸念が既に現実になっていたことがわかって、ボクはかなりがっくり来てしまった。

これじゃ、今さらTPPに反対しても意味はないんじゃないか???

でも、気を落ち着けてよく考えてみよう。日本国の内部だけで決まった法律や条例、規則ならば、それは日本人の意志で変えることができるはずだ。実際にはいろいろとむずかしい壁があるだろうが、理論的には可能だ。

でも、TPPなどの国際協定で規定されてしまうと、日本人の総意だけでは変えられなくなってしまう。

TPPを批准しなければ、日本のことは基本的には日本国民が決められるはずだ。そうすれば将来、企業の利益のために改悪されてしまった国の制度を、国民のためにまた作り直すことも可能なんだ。

だから、日本の現状がTPPを先取りしてしまっていることに気づいても、そこで気落ちしてしまわないでほしい。よりよい日本を取り戻すためにも、やはりTPP批准を阻止しよう。