サルでもわかるTPP大筋合意 「食の安全」

◆安い牛肉が食べられるようになる!?

TPPのメリットといえば「牛肉が安く食べられるようになる!」テレビではそんな話ばかりしているようだね。でも、値下がりする予定のアメリカの牛肉がどんなものなのか、よく知っているかな。

肉

アメリカではBSE(正式名称「牛海綿状脳症」、俗称「狂牛病」)はまだ4例しか確認されていないとはいえ、ダウナーカウ症候群(へたれ牛症候群)で死ぬ牛は毎年10万頭といわれている。ダウナーカウ症候群になると、牛はヨロヨロ歩くようになり、次第に立ち上がれなくなって、最後は死に至る。つまり、症状だけ見ると、BSEとまったく同じだ。

ダウナーカウただBSEと違って、解剖しても脳が海綿状になっていないので、別の病気だ、とされている。しかし、解剖所見がどうであろうと、素人目に見てまったく関係ない病気とは思えない。これはアメリカ型のBSEの亜種なのではないか、と見る向きもあるし、ボクも同じ意見だ。本当に食べても大丈夫なんだろうか、と疑問が残る。

しかも、アメリカでは、牛の成長を速めるために、成長ホルモンを使う。これは、日本やEUでは使用禁止だ。なぜなら、肉に残留した成長ホルモンは、少女の初潮年齢を異常に早めたり、男性の乳房を女性化したり、乳がん・前立腺がんなどを増やす要因となる、と考えられているからだ。

肥満児

男性の乳房の女性化
アメリカでそうしたガンがEUよりずっと多いのは、この成長ホルモンが一因であろう、といわれている。
オーストラリア産の牛肉にも、成長ホルモンは使われている。
そんなもの安く食べられるようになるからといって、喜んでいる場合じゃないんだよ。

◆通関手続きの拙速化

税関の手続きを簡略化して、なるべく48時間以内に引き取れるようにしろ、という項がある。

2015.11.5「TPP協定全章の概要」

第5章.税関当局及び貿易円滑化

○物品の引取り(第5.10条)

各締約国は、締約国間の貿易を円滑にするため、効率的な物品の引取りのための簡素化された税関手続を採用し、又は維持すること、また、自国の関税法の遵守を確保するために必要な期間内(可能な限り物品の到着後48時間以内)に引取りを許可すること等の手続を採用し、又は維持すること等を規定(p21)

通関にかかる時間

通関にかかる時間はこれまで平均92.5時間かかっていたという。それが急に48時間以内といわれて、きちんと検査できるんだろうか。検疫所で検査を受ける率は、以前は12%くらいあったのが、既に2015年現在でも8%程度にまで下がっているという。TPPで、その割合はさらに下がってしまうんじゃないだろうか。48時間というのは単なる努力目標で、それを過ぎても罰則があるわけではないから大丈夫、と政府は言うが、規則に忠実であろうと努力するのが日本人の特性であることを考えると、やはり、心配だ。危険な食品が見逃されて入ってきてしまうことが増えるんじゃないだろうか。

◆遺伝子組み換え

遺伝子組み換え作物は安全性に大きな不安があるが、だからこそ企業は遺伝子組み換えの表示をなくしたくてたまらない。TPPでこの表示制度の撤廃を迫られるのでは、と強く懸念されてきたわけだが、合意の結果をみると、当面は今ある遺伝子組み換え表示がなくなることはないようだ。
ただし、表示を今以上に厳格化することは事実上不可能になるだろう。

2015.11.5「TPP協定全章の概要」

第8章 TBT(貿易の技術的障害)章

○透明性(第8.7条)

各締約国は、利害関係者に対し自国が作成することを提案する措置について意見を提出する適当な機会を与え、その作成において当該意見を考慮すること等により、他の締約国の者が中央政府機関による強制規格、任意規格及び適合性評価手続の作成に参加することを認めること

これ以上厳しい表示なんてとんでもない現在の日本では、遺伝子組み換えの表示義務は一部の食品にしかなく、油や液糖など多くの食品は表示なしで流通している。本当なら、表示制度をきちんと改めて、すべての遺伝子組み換え食品に表示をするようにしなければならない、とボクは思っていて、表示改正運動もしている。でも、そんなふうな「強制規格(法律に基づいて守ることが定められている規格)」、を新たに定めよう、と思ったら、「利害関係者(表示すると遺伝子組み換え食品の売りあげは落ちるので、遺伝子組み換えのタネを売る企業は損害を被る利害関係者だ)」を、「強制規格(表示義務化のしくみ)」づくりに「参加することを認め」て、「意見を提出する適当な機会を与え」なければならない。
でも、遺伝子組み換え作物を売りたい企業にとっては、表示は売り上げを落とす邪魔者でしかない。そんな彼らの意見はといえば「表示はするな」に決まってるんだから、もう表示制度改革は絶望的となってしまうんだ。

2015.11.5「TPP協定全章の概要」

第7章 衛生植物検疫措置章

○協力的な技術的協議(第7.17条)

締約国は、他の締約国との間で本章の規定の下で生ずる事項であって自国の貿易に悪影響を及ぼすおそれがあると認めるものについて討議するため、協力的な技術的協議を開始することができること、一定の場合には第28章(紛争解決)の規定による紛争解決を求めることができること等を規定。

今ある表示も貿易障壁-遺伝子組み換えに対する消費者の反発は根強いので、表示すると、売れなくなる。だから遺伝子組み換え表示は紛れもなく「貿易に悪影響を及ぼす」。それについて討議することができるようになる、とTPPでは定められている。「協力的な」「協議」とか書いてあるけれど、結局は金のある企業の意見が通るってことなんだろう。そうやって話し合いで解決がつかなければ、「紛争解決」つまり国際的な裁判のようなものにまで持ち込まれる可能性がある。そして、そこでも結局は巨大多国籍企業の弁護士をやっているような人物が「仲裁人」として選ばれ、企業に都合のよい判決を下すことになりがちなんだ。

また、遺伝子組み換え作物の承認等に対する新たな圧力がかかる可能性も考えられる。

2015.11.5「TPP協定全章の概要」

第1章 内国民待遇及び物品の市場アクセス章

第C節(農業)

○現代のバイオテクノロジーによる生産品の貿易(第2.29)

締約国の法令及び政策の採用又は修正を求めるものではない旨規定した上で、 現代のバイオテクノロジーによる生産品(遺伝子組換え作物)の承認に際しての透明性(承認のための申請に必要な書類の要件、危険性又は安全性の評価の概要 及び承認された産品の一覧表の公表)、未承認の遺伝子組換え作物が微量に混入された事案についての情報の共有(輸入締約国の要請に基づき輸出締約国において現代のバイオテクノロジーによる生産品につき承認を受けた企業に対し情報の共有を奨励する規定を含む。)、情報交換のための作業部会の設置等について規定。

遺伝子組み換えの作業部会上記の文書に「透明性」という言葉があるが、この言葉はTPPの中では普通とは違う意味で使われるので注意が必要だ。詳しくは「医療」の項に書いたが、企業が政府のやることを見張っていて、それに口出しできること、という程度に理解しておいてほしい。

つまり、新品種の遺伝子組み換え作物の承認にあたって、政府のやることに企業が口をさしはさめるようになる、というふうに読める。

また、「未承認の遺伝子組み換え作物が微量に混入された事案についての情報」云々と書かれているが、これは英文の協定をよくよく読むと「輸出国で承認済みの遺伝子組み換え作物で、輸入国で未承認のものが微量でも混入してしまうと、それが問題となって輸入がストップしてしまうこともある」から、結局「早く承認しろ」ということのようだ。

はっきりとは書かれていないが、TPPのもとで新たに設置される「情報交換のための作業部会」が、各国政府に代わり、将来一括して新規品種の承認を行う、というような事態に発展していく可能性が感じられる内容となっている。

この部分についての英文協定文の日本語仮訳と詳しい解説はこちらを。

◆有機規格

他国で「有機食品」と認められているものは、自国でも「有機食品」として認めるようにしていけ、とTPP協定では定められている。

2015.11.5「TPP協定全章の概要」

第8章.TBT(貿易の技術的障害)章 p30

・有機産品に関する附属書

各締約国は、有機産品の生産、加工又は表示に関し、強制規格若しくは任意規格を自国のそれらと同等なものとして受け入れ、又は適合性評価手続の結果を受け入れることについての他の締約国からの要請を可能な限り速やかに検討することを奨励されること等を規定。

有機食品の規格日本で有機農産物というのは、農薬や化学肥料を使わないことを基本として栽培された農産物で、有機加工食品というのは、水を除く原料の95%以上に有機農産物を使い、化学合成添加物を使わないことを基本としてつくられたものをさす。例外的に、やむを得ない場合は使うことを許される化学物質のリストというのも別表で定められている。
そんなリストなどの細部は各国で違うわけだが、アメリカで有機食品と認められているものは、日本でも自動的に有機食品として承認します、という体制を、TPPでは求められる。(これまではよその国で認定を受けても、改めて日本の認定機関が認定する必要があった)。
実は、日米の有機規格の相互承認というのは、2013年秋に、既に実施が始まっている。ボクはそのときは気づかなかったが、これもTPPの先取りであったということが、この文書を見るとわかる。
日本にもアメリカにも例外的に使用が認められている化学物質のリストがあるが、そのリストの分量はアメリカの方が多い。つまり、アメリカの有機の規格は日本よりも緩い。
以下は、アメリカのリストにあって、日本のリストにはない化学物質だ。

卵白リゾチーム、ジェランガム、グルコノデルタラクトン、硫酸マグネシウム、ヨウ化カリウム、クエン酸カルシウム、セルロース、次亜塩素酸カルシウ ム、二酸化塩素、シクロヘキシルアミン、ジエチルアミノエタノール、エチレン、硫酸第一鉄、グリセリド、グリセリン、過酸化水素、ステアリン酸塩マグネシ ウム、ビタミン、ミネラル、オクタデシルアミン、過酢酸、ペルオキシ酢酸、リン酸、クエン酸カリウム、リン酸カリウム、二酸化ケイ素、酸性ピロリン酸ナト リウム、水酸化ナトリウム、リン酸ナトリウム、二酸化硫黄、ピロリン酸4ナトリウム。

つまり、わざわざ「有機食品」を買っても、これだけ新たな化学物質を、食べさせられることになるかもしれない、ということだ。
また、アメリカでは、遺伝子組み換えを使っていても有機だと認めろ、という業界からの要求が起こったこともあり、今後もまた起こる可能性も否定できない。

◆ポストハーベスト農薬

収穫後にかけるポストハーベスト農薬は、日本では「食品添加物」の扱いなので、普通の農薬と違って表示義務がある。しかし、表示をすると、食の安全に敏感な消費者は、特別危険な物質なのかも、と思い、買い控える人も出てくる。アメリカはそれを嫌って、表示をなくしたがってきた。そのため、この表示がTPPで消えてしまうのではないか、と心配されていたんだが、これは、すぐになくなることはなさそうだ。しかし…

レモン、イマザリル

2015.11.5「TPP交渉参加国との交換文書」

9.衛星植物検疫(SPS)

①収穫前及び収穫後に使用される防かび剤について、農薬及び食品添加物の承認のための統一された要請・審議の過程を活用することにより、合理化された承認過程を実施する。

 

2015.11.5「TPP交渉参加国との交換文書」英文全文より、まつだよしこ氏仮訳(2015.11.12)

1. ポストハーベスト防かび剤
厚生労働省は防かび剤と食品添加物の統一した申請と評議手続きを採用することで、プレハーベスト(収穫前)およびポストハーベスト(収穫後)防かび剤の合理化した承認手続きを施行する。
申請手続きにおいては、防かび剤をプレハーベストとポストハーベストとして承認を受けるために、ワンセットの書類が求められる。
審議手続きにおいては薬事・食品衛生審議会、食品衛生分科会農薬・動物用医薬品部会が合同で審議する。

ポストハーベスト農薬の審査新たなポストハーベスト農薬の承認を申請する場合、これまでは「農薬」としての審査と「添加物」としての審査を別々に受けねばならず、それぞれに数年もかかっていた。それが一括で審査されるようになり、承認までの時間が短縮されるようになる。
直接消費者への影響はないと言えなくもないが、ポストハーベスト農薬を農薬として認めさせ、添加物としての表示をなくさせるための第一歩とも見ることができる。

◆食品添加物

日本は基本的に食の安全基準が高い。だから、他国で認められている食品添加物も、必ずしも日本で認めてられているわけではなかった。しかし、日本が禁止する添加物を含む加工食品は輸出できないため、アメリカは自国で認められている添加物は、日本にも認めさせたいわけだ。

2015.11.5「TPP交渉参加国との交換文書」

9.衛星植物検疫(SPS)

我が国において未指定の国際汎用添加物について、原則として概ね1年以内に我が国の 食品添加物として認めることを完了することとした2012年の閣議決定を誠実に実施する。(残り4種類)

 

「2015年米国通商代表部(USTR)外国貿易障壁報告書」

2002年に日本が承認プロセスを加速するとした46品目の食品添加物について,4品目を除き全てが承認された。米国は残り4品目に係る審査を完了するとともに,将来の全ての食品添加物の審査プロセスを迅速化するよう求めている。

添加物の審査そうして、アメリカの要求に従って、日本は唯々諾々と食品添加物を認可してきたらしい。2002年からの13年間で42種類も。そして、残りの4種類の承認も、TPPとともに完了しようとしている。

こういう経過を見る限り、審査をしたとはいっても、本当に安全だと日本政府が独自の判断をしたのかどうかきわめて怪しい。圧力をかけられたから、それに従っただけなんじゃないか、と疑わざるを得ないね。

2015年夏には、食品安全委員会の添加物専門調査会が普段の倍の異常なハイペースで開かれていたらしく、これも、TPP合意への圧力のなせるわざなのでは、という見方もある。また、こんなにハイペースでの審査を求められても、まともな評価は無理、という専門家からの声もある。

◆ゼラチン・コラーゲン

アメリカでBSE(牛海綿状脳症、俗称狂牛病)が発生した2003年から、ゼラチン・コラーゲン及びその原料のアメリカからの輸入は制限されてきた。ゼラチンは牛の骨からつくられ(一部は皮からもつくられる)、コラーゲンも牛の皮からつくられるものがあるからだ。その規制を緩和しろ、とアメリカは要求し、既にTPPと並行して行われる日米二国間協議の中で、日本はその要求を呑んでしまった。2015年3月から、既に緩和は実行されている。

2015.11.5「TPP交渉参加国との交換文書」

9.衛星植物検疫(SPS)

③食品安全委員会による牛由来の食用のゼラチン及びコラーゲンに関する報告書は、厚生 労働省が提案した管理措置がとられることを条件として、輸入規制の改正による人の健康に対する危険性は無視できると結論付けた。同報告書に基づき、ゼラチン及びコラーゲンの輸入規制を緩和した。

 

ゼラチンコラーゲンの規制緩和◇ゼラチン・コラーゲンを「製品」として輸入する場合

今までは、アメリカの牛を原料としたゼラチン・コラーゲンを「製品」として輸入することは一切認められていなかった。それが、一定の製造基準※さえ満たせば、三十か月齢以下の牛に限ってはすべての部位を原料とした製品を、また三十か月齢以上でも頭の骨と脊柱を除くすべての部位を原料とした製品の輸入が認められることになったんだ。(牛は高齢になるほどBSEを発症しやすくなり、若い牛ほど安全性は高い)

ゼラチンコラーゲン(製品)

※一定の製造基準とは:図の灰色の部分に関しては、以下の基準を満たすことが義務付けられている。①脱脂 ②酸による脱灰 ③酸またはアルカリ処理 ④ろ過 ⑤殺菌(138℃4秒以上)で、「これらの処理がBSEの感染性を低下させると報告されている」と厚労省の文書(皮及び骨由来ゼラチンの製造工程例 )には記されている。

「感染性を低下させる」と書かれているのは、「感染性を防ぐ」とは断言できないからだろう。BSEの病原体である異常型プリオンはウィルスや細菌と違って生き物ではないから、加熱したら死ぬ、というものではない。本当に大丈夫なのか、不安の残るところだね。

◇ゼラチン・コラーゲンの「原材料」として「粉砕骨」「牛皮」」等を輸入する場合

また、ゼラチン・コラーゲンの「原材料」として「粉砕骨」「牛皮」」等を輸入する場合については、今までは頭部の皮及び30か月齢以上の牛由来のものは一切禁止されていた。
それが、30か月齢以上の特定危険部位(頭や脊柱)を除き、すべてOKとなったわけだ。

ゼラチンコラーゲン(原材料)
アメリカみたいなおおざっぱな国が30か月齢以下の牛の頭や脊柱を、30か月齢以上のそれと分けて管理しているのかどうか甚だ疑問だ。また、30か月齢以下とはいえゼラチンを特定危険部位(BSEの病原体であるプリオンが多くたまる場所)からつくるのは、危険なのでは、という不安が残る。

しかしアメリカは更なる開放を求めている?

2015年日米貿易障壁報告書より

2(3)ゼラチン及びコラーゲン

2003年12月に米国でBSE陽性の牛が確認されたため,日本は米国の牛由来ゼラチンやコラーゲンの食用としての輸入を禁止した。2014年11月,日本は牛の骨由来の医薬品グレードのゼラチンの輸入を認める規制見直しを行った。2015年1月8日,日本は,食用の牛由来ゼラチンやコラーゲン,食用のゼラチン・コラーゲンを製造するための牛由来粉砕骨の輸入規制見直しについてWTOに通報した。米国は,科学及びOIEガイドラインと整合する米国の牛由来ゼラチンやコラーゲン,粉砕骨の市場再開放について引き続き日本と協働する

30か月齢以上の牛の頭の骨や脊柱も原料として認めろ、と将来的には迫ってくるんじゃないだろうか。