サルでもわかるTPP(2012年3月バージョン)

第9章 自由貿易について考えよう

◆1.貿易は自由なほうがいい?

「自由」っていう言葉には良いイメージがあるよね。

束縛されるのはイヤ、自由になりたい! みたいな。

しかも、新聞の社説なんかを見ると「貿易自由化は時代の流れ」とか「貿易自由化によってこそ、両国はともに継続的に発展できる」なんてよく書いてある。

でも、本当にそうなのかな?

「自由貿易」を推奨したのはイギリスの経済学者リカード(1772-1823)という人だ。

リカードの「比較優位説」という理屈によると…

ポルトガルでは80人の労働者で1単位のワインをつくっている。
また、90人の労働者で1単位の毛織物をつくっている。

労働者の賃金は価格に反映されるから、労働者の賃金を同じとすれば、毛織物よりも、ワインの方が安くつくれることになる。これを、ポルトガルでは毛織物よりもワインが「比較優位にある」という。

ちなみに、必要な労働者は合計で170人だ。

一方イギリスでは、120人の労働者で1単位のワインをつくっている。

また、100人の労働者で1単位の毛織物をつくっている。

ここでは、ワインよりも毛織物の方が安くつくれることになる。つまり、イギリスではワインよりも毛織物の方が「比較優位にある」ことになる。

このとき必要な労働者は合計で220人だ。

さて、ボルトガルで比較優位にあるワインを2単位つくり、イギリスで比較優位にある毛織物を2単位つくって、交換するとしよう。

このとき必要な労働者数は、ポルトガルでは160人。イギリスでは200人となる。

どちらの国も以前よりも安くモノが買えるようになる、というのがリカードの説だ。

これが、「関税をなくして自由貿易にすれば、どちらの国も繁栄するんだ」という今日の自由貿易論者たちの根拠になっている。

でも、昔と今とでは時代の状況が違っている。モノが不足していて、モノの値段が高かった時代には、「以前よりも安くモノが買えるようになる」というのは確かにメリットだったかもしれない。

だけど、今は、モノが余っていて、そのせいでデフレ(モノの値段が下がっていく)になって困っている状態。これ以上安くモノが手に入るようになっても、景気はますます悪化するだけなんだ。

それに、もう一つ見落とされていることがある。

ポルトガルの労働者が以前は170人必要だったのに、160人しか必要なくなった、同様にイギリスでは220人だったのに、200人になった、ということは、残りの人たちは失業してしまった、ということなんだ。

つまり自由貿易は失業の輸出でもあるんだよ。

◆2.貿易によるお金の流れ

農業国Aと、漁業国Bがあったとしよう。

農業国Aでは、穀物2升と魚の干物1束が同じ値段だったとする。

漁業国Bでは、穀物1升と魚の干物2束が同じ値段だったとする。

農業国のaさんが、穀物1升を持って、B国へ行き、魚の干物2束と交換する。その魚の干物2束をA国へ持って帰り、穀物と交換すると、4升になる。つまりは4倍の儲けになる。

今度は漁業国のbさんが、自国で穀物1升を魚の干物2束に交換する。それを持ってA国へ行き、穀物4升に交換して、自国に戻ってくる。bさんもやっぱり4倍の儲けだ。

2人とも同じように儲けているように見えるけれど、国から国へのモノの流れに着目してみよう。

B国からA国へ移動するのは、どちらの場合も魚の干物2束だ。

でも、A国からB国へ移動するのは、aさんの場合は穀物一升。bさんの場合は穀物4升。

つまり、自国の商人が貿易をする場合は、自国の収益につながる。でも、他国の商人が貿易をする場合は、国から富が流れ出てしまう、富が奪われてしまうんだ。

これが貿易というものの本質だ。貿易によって、富は貿易商の出身国に一方的に流れ込む。貿易商は先進国の人間である場合がほとんどだ。だから、貿易によって、先進国は一方的に儲かり、発展途上国は一方的に収奪され、さらに貧しくなっていく。

◆3.自由貿易は先進国に都合がいい

じゃあ、発展途上国が貿易で儲ける方法はないのかな? 実はちゃんとある。それが輸出に関税をかける、という手だ。

普通、国内の会社には法人税がかかって、会社は利益の一部をその国に税金として払うよね。それと同じように、貿易商にもその儲けに対して税金をかけていいはずだ。輸出に関税をかけることで、貿易商からその利益の一部を税金として徴収できる。これによって発展途上国の政府は利益を得ることができるんだ。

つまり関税をかけること、何に対してどんな関税をかけるか決めることは、その国の利益を守るために大切なことで、それぞれの国が持っている当然の権利なんだ。

それをなくせ、っていうのが自由貿易。

「自由貿易によってこそ両国は共に継続的に繁栄し、人々の生活は向上する」というのが、経済学者の説く通説で、政府も、官僚も、マスコミも、ビジネスマンも、ほとんどの人がそれを信じてる。でも実際には、先進国の貿易商に都合のよい貿易取引を、発展途上国に押し付けるためのへ理屈、デタラメでしかない。

これが本当にデタラメかどうか考えるには、経済学の詳しい知識はいらない。

世界の国々で現実に何が起きているかを見るだけで十分だ。

世界の国々は本当にともに繁栄してきたのかな?

アメリカ、日本、ヨーロッパなどの先進国が、戦後どんどん豊かになってきたのに比べ、発展途上国はどうだろう。

発展途上国からの輸出品の代表はコーヒーだ。

わたしたちがコーヒーに払う値段のうち、生産された国に渡るお金は、わずか10~15%程度。そのうち農家の手に落ちるのは、わずか5%程度だけ。

コーヒーの値段のうち、85~90%は貿易商、加工業者など先進国の人々の懐に入ってしまう。

しかもコーヒーの価値は下がる一方だ。

1980年にはコーヒー1トンと原油95バレルが同じ値段だった。

でも、1990年には67バレル。

2003年には39バレル。

2009年には37バレル。

つまり、コーヒをつくっている人たちは、同じ量のコーヒー豆をつくっても、それと引き換えに得るお金やモノがどんどん少なくなっていくということ。貧しくなる一方だということだ。

この現実を見ただけでも「自由貿易によって両国は共に継続的に発展する」などというのが単なるデマだとわかるね。

利益をむさぼりたい大企業が、自分たちに都合のいいデマを流しているにすぎないんだ。

目を覚まそう。世界では先進国が途上国を搾取し、先進国でも大企業が大部分の人々を搾取している。そんな社会に歯止めをかけるための一歩を踏み出そう。さあ、みんなで、TPPにNO!の声を!

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サルでもわかるTPP

著者:安田美絵+Project99%
安田美絵プロフィール

料理家・市民活動家。ルナ・オーガニック・インスティテュート(マクロビオティック料理教室&持続可能な食の学校)主宰。早稲田大学卒。食と健康、農業、貿易などの関係を調べるうちに、大企業(主にアメリカの)の数々の悪事を知り、世間の大部分の人々が搾取されているのにそれを全く自覚していない現状に気付く。食の選択によって健康が実現できるだけでなく、環境問題、南北問題、悪い意味でのグローバリゼーションの問題など、さまざまな問題を解決できることを、料理教室や講演によって訴えている。http://luna-organic.org

イラスト:安田美絵